いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

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京都守護職始末とは

 『京都守護職始末』とは、明治三十年、孝明天皇三十年祭の折に、元会津藩家老・山川浩が、もうすでに維新から三十年も経過しているので本当の事を書いても大丈夫であろうと思い著述を始める。その後、山川浩が没すると、弟の山川健次郎が執筆を受け継ぎ、健次郎が東京帝国大学総長就任前後の明治末期から大正にかけて完成したと言われる。

 この著書が世に出る契機は、『観樹将軍回顧録』の著者で知られる元長州藩士三浦俉桜に対し健次郎が、明治以降、逆賊とされてしまって困窮している会津松平家の救済を訴え出た事が発端となる。

 逆賊とされてしまっていた会津松平家に対する救済運動の困難な状況の中、健次郎は三浦に対し、京都守護職時代の会津藩主である松平容保が与えられた、孝明天皇からの宸翰(京都守護職始末に所収)を見せる事によって、会津藩が逆賊でなかった証明をする事で政府から三万円が下賜され、なんとか会津松平家の救済となった。

 この会津松平家の救済運動の最中、明治三十五年、健次郎は三浦から『京都守護職始末』の出版をしないよう求められた。健次郎は会津松平家の救済運動を成功させる為に、やむなくその要望を呑むが、時期を待ち明治四十四年に強硬刊行し世に出る事となった。

 この著書は会津藩が京都守護職を務めた文久二年から慶応四年正月までの事が記されている。明治以降の認識では朝敵賊軍とされてしまっている会津藩だが、実は戊辰戦争で西南軍に敗れるまでは京都守護職として立派に天皇を守護し皇軍としてその役を務めていた真実が書かれています。その真実が、世間に周知されるのを嫌がった為に戊辰戦争の勝者側である西南諸藩で構成されている明治政府により長らく刊行禁止とされてしまっていた貴重な存在がこの著書です。本来、幕末史を語る上では欠かせない逸品ですが未だ日の目に当たってるとは言い難い。

 平凡社 山川浩著 遠山茂樹校注 金子光晴訳 京都守護職始末1・2、全二巻を書き起こししますので幕末史を探求する方々において御参考にください。



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テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2012/10/21(日) 12:08:26|
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