いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

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関宿の戦

関宿の戦
 
 四月十九日純義、貫義、誠忠、回天の諸隊は関宿の東南二里半の岩井駅に在り、西軍関宿に在るもの東軍を撃たんとし、薩兵一小隊約百人、長兵一中隊約百人、大垣二小隊約百人、四月二十日午前八時頃岩井より一里許の処にて衝突す、誠忠隊は槍刀隊なるをもって銃戦の間は用をなさず、我が兵苦戦利あらず、純義隊指図役秋山寅四郎(我が藩人、年二十七)、同齋藤友記(我が藩人、年二十一)これに戦死す、誠忠隊屈指の剣士数名斃れ、我が将長多くは死傷しついに大に敗る、純義隊指図役服部武太郎は隊長小池周吾を助けて且つ戦い且つ退き、ついに戦場の東北四里許の下妻に退却するを得たり。
 幕人石坂周蔵は勝安芳の使命を帯び江戸より下妻に来り、兵を収めて江戸に帰らんことを勧む、将士多くはこれに応ずる者あらず、ひとえに誠忠隊長山中孝司およびその残兵の兵士意気沮喪し、ついにこれに応ず、周蔵使命を全うすること能はざるを遺憾とし、別るゝに臨み詩を賦して懐を述べ、これを朗吟し扇を執って舞い而して去る、純義隊等の諸隊はその後宇都宮に行き大鳥軍に投ず。
 さても水海道より北進したる大鳥軍の先鋒江上太郎、土方歳三、土工兵頭吉澤勇次郎、小菅辰之助その他我が藩人小池帯刀、安部井政治、安部井壽太郎、山口亥佐美、桑名藩士と先づ下妻に至る、下妻は徳川氏の譜代大名井上辰若丸正巳が在所なり、藩士に勧誘して我に応ぜしめんとせしが一人の応ずる者なし、ついで下館(小里の東四里に在り)に至る、これもまた譜代大名石川若狭守総管が在所にして、総管は旧幕府の若年寄格兼陸軍奉行なりしが、藩士にして一人の我に応ずる者なし、僅かに金子と武器とを提供せしのみ。






卷四 総野の戦  会津戊辰戦史1
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テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2012/12/24(月) 11:43:17|
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