いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

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西軍植田に至る

西軍植田に至る

 六月十八日仙台兵一小隊、平兵一小隊、林兵二十余人を合し仁井田に至り、山に據り胸壁を設けて防備をなすや、西兵鮫川(植田町と錦村との間を流る)を渡りて植田に来り、銃を発して戦を挑む、東軍これに応戦したるが、しばらくして西軍兵を収む、越えて二十三日に至り仙台の中島十郎の手兵一小隊、純義隊々長小池周吾、隊兵四小隊を率い棚倉より属す、この夜大風雨なりければ植田の西軍戦備を怠るの報あり、これにおいて翌日拂暁兵を二分し林兵、遊撃隊、平兵と一隊をなし、純義隊、遊撃隊の一隊と共にこれを攻撃せんとす、また西兵を八幡山に誘わんとして純義隊半小隊をしてこれを守らしめ植田に入る、しかるに西兵已に退き隻影を見ず、時に駅中に欵を西兵に通ずる者ありとて純義隊の兵士火を民家に縦ち、駅中に延焼す、時に西軍すでに八幡山を砲撃しければ、林隊伊能矢柄、澤録三郎(澤は何人なるを詳にせず)に言いていわく、西兵すでに八幡山に向う、早くこれを援けざるべからずと、録三郎聴かず、矢柄その能く成すなきを見、ことごとく林兵を率いて退却す、録三郎馳せてこれを止め、頻りに八幡山を援けんことを請う、これにおいて林兵、遊撃隊と共に八幡山に向う、行くこと僅かに四五丁にして弾丸飛び来り、東軍大に乱れ幾ばくもなくして敗兵ことごとく集まる、林兵いまだ戦はざるに早くも全軍の潰崩に逢へるを憤り、丘上に登り敵の至るを待って戦わんとす、録三郎いわく、地の利を得ずいわんや寡兵をや、退却するの勝れるにしかずと、説くこと再三、すなわち仁井田峠下に退く、この時純義隊の敗兵八幡山より退却し来るに逢う、皆いわく、弾丸尽き、加ふるに援なく、ついに敗走せりと、これにおいて林兵もまた仁井田に退き、尋いで全軍を平城に収む。





卷五 東方の戦上  会津戊辰戦史1
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テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2013/02/04(月) 15:35:09|
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