いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

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軍議局の移転

軍事局の移転

 これより先軍議局を福島に設け、仙台藩相石母田但馬、参政大越文五郎等兵を率いて此に在りしが、二本松城の陥るを聞きこの地を徹して瀬上、桑折(伊達郡桑折町)方面に退かんとするの議あり、南摩綱紀固くこれを止む、但馬いわく、見兵寡し敵軍もし来り攻めばこれを拒くこと能はざるを如何せんと、綱紀すなわち馬に鞭ちて飯坂に至り、阿部葆真主に謁し、福島の状況を告げ、速に兵を発して応援せんことを請い、その承諾を得てこれを但馬に報じ、且ついわく、必ず固くその地を守りて一歩も退くべからずと、馬を馳せ白石の公議府に至りてこれを議す、これにおいて仙台兵漸次桑折、瀬上、福島に進む、仙兵中に暴行をなす者あり、福島および保原、梁川(この二町共に伊達郡に在り)等の諸所に乱入劫掠す、福島等の市民および農夫等仙兵を拒んで入れず、且つ両三人を撃殺す、市店は皆鎖し、諸物を運搬して遠村に避け空屋蕭然たり、仙台の大越文五郎公議府に至りてこれを告げ、且つ米沢藩士と共に福島に至りて説諭し人心を収めんことを議す、我が藩相諏訪伊助、米沢藩相神保左馬之助等議して綱紀および米沢の片山仁一郎に命じ福島に至り説諭せしむ、綱紀、仁一郎馳せ至り、福島藩町奉行山岸一之助等と共に町吏を召喚して懇に説諭したるを以て人心やや案じ、市民ようやく帰り来りて業を営むこと平生のごとくなるに至れり、しかして軍議局はこの日桑折に移せり〔南摩筆記、仙台戊辰史〕。
 八月五日林昌之助若松を発す〔林一夢日記〕。






卷五 東方の戦上  会津戊辰戦史1
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テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2013/02/12(火) 11:44:31|
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