いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

雪峠の戦(長岡及び其の付近の戦)

雪峠の戦(長岡及び其の付近の戦)

 東軍衝鋒隊進んで雪峠に至り松代の斥候に逢い、桃澤彦次郎刀を揮ってその一人を斬る、辰の下刻、長州、松代、高田、尾州、大垣、松本、須坂、飯山等の兵数千来り攻め、東兵険に據りて能く戦う、西軍兵を山上に登らしめ東兵を横撃す、東兵退いて芋坂に據り山砲を発して松代の兵を撃つ、西兵火を民家に放ちて退く、会々小千谷方面東軍利あらず、我が総督一瀬要人長岡を退くと聞き、兵を小千谷に遣わし砲銃等を舟載して妙見に至り、一瀬と会し戦略を議したるも、古屋佐久左衛門等の議容れられずして宮本に移る〔七年史〕。

 この日長岡藩相河井継之助総督となり、兵を出してその境界を守らしめ以て封内の人民を安撫せんとし、本営を摂田屋村に置き、大隊長山本帯刀の率いし一大隊を城南に出す、この時に当り我が藩、桑名藩はすでに兵を越後に出し、長岡藩に説いて戮力せんことを促し、且つこれを励ましていわく、依然として去就を決せずんば一挙にこれを屠るべしと、河井答えていわく、長岡城を獲んと欲せば貴意の儘なり、桑会二藩の力を以てせば一挙手一投足の労に過ぎざるべしと断然これを斥く、河井一日桑会の諸将を長岡城に招きていわく、今や前将軍恭順謹慎して一意天裁を待つに当り、譜代の誼ある我が藩の謹慎すべきは理の当然なり、然りといえども王師北下の日故なく我が微衷を容れずんばこれ王師にあらざるなり、我もまた決する所なかるべからず、我が藩は辺諏の小藩なりといえども厚く自ら信じいささか恃む所あり、形勢を観望して節を二三にするが如きは我が藩のなす所にあらず、卿等疑うことなかれと、会桑の諸将深くその言を諒とせりと云う〔河井継之助伝〕。






卷六 越後方面の戦  会津戊辰戦史2
スポンサーサイト

テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2013/02/22(金) 12:02:56|
  2. 会津戊辰戦争史2
  3. | トラックバック:0

トラックバック

トラックバック URL
http://igagurisiryoukan.blog.fc2.com/tb.php/148-3ec90e4f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。