いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

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雷塚の戦(長岡及び其の付近の戦)

雷塚の戦(長岡及び其の付近の戦)

 五月二十七日東軍輿板に向う、上山、村上の兵は本道よりし、我が兵、桑名兵は間道よりし、桑名の兵は黒阪に陣して島崎の西軍に備ふ、西軍は兵を分ち一は金崎に據り、一は雷塚に據り、桑名の兵(雷神、神風)は林中に伏す、西軍砲撃して戦を挑めども応ぜず、すなわちにして雷神、神風二隊は林中より出て大呼して西軍を衝く、その旗色動くを見て我が鎮将隊は谷に下りて進撃したれば西軍乱れて走る、我が片桐隊は先登進撃鹵獲甚だ多し、時に西軍長府の隊長藤原国助衆を叱咤して進み来る、桑名の将馬場三九郎単身名乗りてこれに当る、勝原拳銃を発すること三回におよぶも中らず、馬場接戦大喝一声勝原の頭を斬り又拳を斬る、桑名の兵小池勇八走ってこれを馘す、西軍ますます潰ゆ、神風半隊は山右より回りて雷塚に向いたるも、西軍はもっぱら東軍に面して戦い神風隊の至るを知らず、神風隊は疾駆して、その側面を横撃したれば西軍ついに潰走す〔七年史、西記〕。

朱雀二番寄合組隊、三条を発し大面方面に進み永峰村に宿す〔西記〕。

我が砲兵隊、米沢兵と共に軍を大面に進む〔西記〕。






卷六 越後方面の戦  会津戊辰戦史2





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  1. 2013/03/01(金) 11:22:02|
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