いがぐり史料館

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荷頃の戦(長岡及び其の付近の戦)

荷頃の戦(長岡及び其の付近の戦)

 時に東軍我が第二遊撃隊、長岡兵、荷頃村の胸壁を守る、西兵暗夜に乗じ我が退路を絶ちて砲銃を乱射し、東軍寡兵を以て応戦の最中、西兵本街道より部落に侵入したれば兵を分つて迎え戦う、東兵二十人許山上に登り砲を発して俯撃し、分隊の兵は街道より突撃す、西兵は撒兵に展開して猛撃し弾丸雨注す、午の刻頃西兵動揺の色あり、東兵これに乗じて奮戦す、既にして西兵山麓より吶喊して来り迫り、東兵衆寡敵せずしてついに退く、西兵銃を乱射して進撃すること急なり、東軍思えらく西兵に橡尾を衝かるれば大事去らんと、退くこと十余町にして大野村(橡尾の西南にて近し)に止まり、衆皆殊死して返り戦う、会々長岡兵、仙台兵、橡尾より来り援け、山の半腹に據り砲を発して西兵を横撃したれば西兵進むこと能はず、砲戦夕陽に至り西兵ついに荷頃に走り胸壁を築いてこれに據る、ゆえに東兵退却すこぶる苦しむ、僅かに山径を廻りて兵を橡尾に収む〔西記、河井継之助伝〕。

 七月二日早朝長岡兵一小隊橡尾より山を登り荷頃村薬師山に至り土壘を築く、すなわち西兵猛撃して来り迫り東方防戦すこぶる苦しむ、よって援を橡尾に請ひければ長岡兵一小隊来り援け、ついに西兵を撃退す、これより日夜砲戦息まず、我が第二遊撃隊、米澤兵は荷頃口街道の山上に據って戦う、東軍は毎夜深更に土壘を築き、ますます西兵に接近して砲戦す〔西記〕。

 橡尾方面の形勢切迫せるを以て、朱雀四番足軽隊、米澤兵、仙台兵、村松兵は見附より来り援け、全軍一千七百余人各藩協議して防備の部署を定むること左のごとし。

荷頃村口数所 第二遊撃隊 仙米両藩 長岡藩

土ヶ谷口 米澤藩 長岡藩士

小貫村(栃尾の西北一里弱) 朱雀四番足軽隊

来傅口泉村(泉は栃尾の東南微南半里許) 衝鋒隊 村松藩


爾来相対し砲戦息まず、土ヶ谷口、荷頃口はしばしば守兵の小衝突ありき〔西記〕。

この日米澤兵、長岡兵は大黒の西軍を攻撃して敗績す〔河井継之助伝〕。






卷六 越後方面の戦  会津戊辰戦史2
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  1. 2013/03/08(金) 17:10:53|
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