いがぐり史料館

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長岡城再び陥る(長岡及び其の付近の戦)

長岡城再び陥る(長岡及び其の付近の戦)

 この日大霧ほとんど咫尺を弁せず西軍これに乗じて長岡城を猛撃す、東軍兵を本道および村松、前島方面に分ちて防戦す、朱雀四番足軽隊、長岡の花輪彦左衛門兵は本道および浄土川の堤上に據って戦い、衆寡敵せず東兵多く死傷す、東兵ついに支えず、西軍勢に乗じて摂田屋に迫る、本道すでに敗れ前島もまた敗れ皆長岡に退く、摂田屋の東軍(会津、米澤、長岡)止って西軍を防がんとせる折柄、長岡の軍監三間市之進来り、村松口すでに敗れ西兵栖吉に在り、前島の西兵もまた宮原(長岡市の字南口なり)を襲わんとす、宜しく退いて喰違を守るべしと云うも皆聴かず、果たして西軍三面より摂田屋を襲う、これにおいて朱雀四番足軽隊、長岡の今泉隊は長倉(宮原の東半里許)方面を守る、退却せる諸隊喰違に集る、西兵火を村落に放ち鼓譟して迫る、砲声地に振い弾丸雨注す、長岡の大隊長山本帯刀、刀を揮って奮闘し西兵を退く、両軍堤防を隔てゝ戦う、東軍辛うじて喰違を保つ、西兵宮原より来り撃つ、東兵支えずして退く、草生津を守れる小島、奥山の二隊蔵王口を守れる渋木成三郎の諸隊奮戦すること多時なりしも皆敗れ、一は長岡は五月以来ますます兵燹に罹り、城閣市街延焼略々尽き、一望荒野に化す〔近世史略、七年史、続国史略後篇、河井継之助伝〕。

 河井継之助は七月二十七日長岡藩の野戦病院四郎丸村(長岡の東に在りて近し)昌福寺に移る、創甚だ重し、二十九日長岡城再び陥るに及び河井衆擁せられて敵を見附に避け、更に杉澤、文納、人面、葎谷(栃尾の東北東一里藩許)の諸村を経八月三日吉ヶ平に達す、吉ヶ平は会津八十里越に至るの路なり、河井会津に退くを欲せず、この地に留まること二日、三間等百方河井に説き、ついに八十里越を越えて会津に至るに決せり。






卷六 越後方面の戦  会津戊辰戦史2
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テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2013/03/13(水) 11:25:43|
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