いがぐり史料館

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乙茂の役(海岸戦争)

乙茂の役(海岸戦争)

 同二十四日、朱雀二番寄合組隊、青龍二番足軽隊、二中隊、庄内兵、米澤兵、庄内の兵三小隊、結義隊一小隊は村田山に進み、新遊撃隊本体一小隊、庄内兵三小隊は久田に向い乙茂の西兵を攻撃す、西兵これに応じ東軍の背後を衝く、これにおいて議して村田山(久田の東北北半里に在り)、落水山より直ちに久田に進まんとす、辰の刻頃東軍の先鋒田中末次郎は庄内兵と共に落水山より進んで猛撃し、結義隊は村田山に登り急に攻撃して西軍の胸壁を奪い久田山の西軍と砲戦す、井上哲作は隊兵六十人を率い乙茂の胸壁に迫り、渡部英次郎は隊中決死の兵二十人を以て背後に廻り、皆銃を捨て刀を揮って侵入し縦横衝突す、渡部英次郎は西兵二人を斬り、今井三郎は一人を斬り刀と銃とを獲たり、渡部胸壁に登りて号旗を振れば、新遊撃隊、庄内兵は山田山、坂谷山より進撃し、別軍庄内兵、結義隊は久田山の西兵を猛撃す、西兵退路を失いて草間に潜匿す、結義隊高松直太郎、塚原昆五郎、板垣岩次郎、佐藤寅之助、菊池秀吉は敵各一人を斬り、西軍ほとんど支えず、東軍勢に乗じて猛撃す、西兵は出雲崎近傍の胸壁に退いて砲撃し、また海上より軍艦二隻を以て連なりに砲撃し、弾丸東軍の屯営に破裂す、東軍戦うこと三時間衆寡敵せず、ついに村田山に退き、兵を坂谷山に収む〔西記〕。

 朱雀二番寄合組隊は馬草山を奪い胸壁を築いて砲戦し、青龍二番足軽隊は兵を辺張村(久田の東半里強)に出す〔西記〕。

六月二十六日朱雀二番寄合組隊は青龍二番足軽隊と共に砲戦す〔西記〕。

 この夜朱雀二番寄合組隊士三原武次郎、山浦謙蔵、赤井新八、宮本五三郎、大橋恒之進は西兵の陣地に入り、火を営舎に放つ〔西記〕。

六月二十八日胸壁砲戦。

この夜朱雀二番寄合組隊士三原武次郎、木村左太郎、志田貞次郎、山浦謙蔵、猪狩久五郎、田崎繁三郎、君島精次郎、小出嘉蔵は敵地に入り、火を営舎に放つ〔西記〕。

 これより昼夜対壘砲戦して七月二十九日に至り退却の令下る〔西記〕。






卷六 越後方面の戦  会津戊辰戦史2
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  1. 2013/03/16(土) 17:13:14|
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