いがぐり史料館

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新谷の戦(赤谷口の攻防)

新谷の戦(赤谷口の攻防)

 八月十五日早朝斥候西兵来り迫るを報ず、すなわち急に兵を進む、白虎一番寄合組隊中隊頭原早太、朱雀四番足軽隊中隊頭横山伝蔵兵を率いて本道より進み、一の胸壁の前山を奪わんとす、山澤の前方は力士隊、遊撃隊、地方兵、猟師兵を合わして本道より進む、西軍の銃弾雨下し一の胸壁に進むこと能はず、樋口仲三郎兵を督して戦う、望月辰太郎は原嘉平治と謀り、新谷村より砲を曳き来りて本道の西兵を攻撃せんとし装填半ばにして一の胸壁敗るを報ず、すなわち砲を新谷村に送還す、時に砲声盛んに起こる、西兵山澤前方の山頂に登り黒旗を振りて号を為せば銃撃最も烈しく起こり東軍支えずして退く、陣将上田学太輔一の胸壁近傍に於いて負傷す、上田陣将は全軍新谷川を渡りて前岸に防ぐべしと望月をして令を軍事局と諸将校とに伝えしむ、望月馬を馳せて河岸に至れば皆先を争うて退却し、あたかも大水の決するがごとし、望月切歯すれども如何ともするなし、馬を返して新谷村に至れば白虎一番寄合組隊独り胸壁を守りて砲戦方に酣なり、望月いわく、急にこれを援けずんば皆敵手に委せんと、原嘉平治馳せて全軍の退却を告げてこれを収め共に殿戦して退く、西兵砲銃を乱射して追撃す、我が軍は火を新谷村に放ち、兵を行地村に収む、時に日すでに暮れる〔望月辰太郎〕。

 東軍諏訪峠に至り防守を議したるに、山上は左右山々多くして防御に便ならずと為す者多し、よって軍事局諸将校をことごとく集めて議したるに議論紛然として決せず、あるいはここを墳墓と為し雌雄を決するにしかずと云う者あり議決せず、ついに全軍退却して亥の刻頃津川に至る〔望月辰太郎〕。






卷六 越後方面の戦  会津戊辰戦史2
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テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2013/03/18(月) 11:04:12|
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