いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

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進撃軍再び兵を班へす(全軍退却)

進撃軍再び兵を班へす(全軍退却)

 八月二十七日暁天朱雀四番士中隊並付属隊、砲兵隊、結義隊は坂下を発し高久に至る、高久は若松城下を距ること一里なり、時に西軍大挙して若松城を囲み、大砲を列ねて連発する石榴弾は爆発して万雷のごとく、猛火は市街を焚きて烟稲天を焦せり、会々西郷頼母来り命を陣将萱野権兵衛、上田学太輔に伝えていわく、四境の守備を徹して城に入り城兵日に加わる、ゆえに北越より帰るの兵は城に入らずして敵を途に防ぐべしと、今や若松城付近の地に来り、踴躍敵壘を蹂躙して城中に入らんとするに当り、すなわちこの命を拝し豼貅の将士もまた勇気沮喪せざるを得ず、しかれども君命如何ともするなく快々として再び軍を返して西方に向ふ〔累及日録、渋谷光信筆記、横山留総日記〕。

この日令あり、青龍三番士中隊は柳津に向かう〔結草録〕。






卷六 越後方面の戦  会津辰戦史2
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テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2013/03/25(月) 11:50:36|
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