いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

十七  姉小路公知朝臣の暗殺     『京都守護職始末1』

 犯人は薩士か?     二十日の夜、初更のころ、姉小路右少将公知朝臣が朝廷を退いて朔平門外にさしかかったところ、突然三人の賊があらわれて、公知朝臣を刺した。ふみとどまって賊と戦う従者は、わずかに一人だけで、他はみな遁走してしまった。
 賊は刀と下駄をのこして去ったが、その刀をしらべると、薩摩の鍛冶がきこえたものであり、刀装も薩摩藩士が多く佩用するもので、柄頭(つかがしら)に藤原の二字と、縁(ふち)に鎮英の二字が金で嵌(は)め込んであった。下駄の制作もまた、薩摩藩士が好んではくものであった。
 姉小路少将は少壮で、頭がよく、弁舌が立ち、学習院に出る堂上は数人あったが、彼におよぶものは少なかった。集ってる浮浪の徒も多く、三条実美卿に次いで、名声嘖々(さくさく)としていた。





 三条邸に張り紙     この夜、三条実美卿の邸門に張り紙があって「姉小路少将に同意し、公武一和を名目に、その実は天下の騒乱を企てている。すみやかに退職しなければ天誅を加える」と書いてあった。それも、浮浪の徒らが、ことさらに実美卿を激発する手段であったのである。

     



 【注】 姉小路殺害の犯人については、一八章の注一を見よ。

スポンサーサイト

テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2012/11/01(木) 08:39:03|
  2. 京都守護職始末1
  3. | トラックバック:0

トラックバック

トラックバック URL
http://igagurisiryoukan.blog.fc2.com/tb.php/20-fc31a3d0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。