いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

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輪王寺宮若松御入成

輪王寺宮若松御入成


 輪王寺宮は長鯨丸(旧幕の軍鑑)にて五月二十八日茨城県多賀郡平潟に着し給い、福島県石城郡泉藩主本多能登守の奉迎を受けられ、二十九日には同県同郡湯長谷の内藤長壽丸も奉迎し、同県同郡平の藩主安藤対馬守の奉迎を受けられ宿し給う、三十日には同県同郡水戸兵中寺に泊せられ六月朔日同県田村郡小野新町御着、同二日同郡三春御着、三日本宮へ御着あり、四日本宮を発し中山峠を越え耶麻郡麻郡壺下へ御着、板倉勝静朝臣、小笠原長行朝臣、阿部正耆朝臣、上杉齊憲朝臣等迎い奉れり、五日猪苗代城に御一泊の上六日若松に着せらる、我が公以下の各諸侯竹中春山、大楽院、覚王院に謁を賜い、城内金の間を御座所とせり、尋いで奥羽列藩の請を入れ、六月十八日若松を発し、六月二十日米澤御着、二十七日米澤御発二十九日白石御着七月二日仙台へ御着、兼て御宿所と定め置きたる眺海山仙岳院へ御宿泊せられたり、宮は仙岳院へ入らせられて後も只管皇国の前途を憂慮せられ、七月五日より九日まで躬ら丹誠を抽んで世上静謐天下泰平の祈祷を行はせ給う、御式厳重なりき。

七月三日左の令あり。

子弟御扶持先ッ一人扶持ッゝ御渡其余御借上被置〔諸月番申渡書〕。

同二十八日左の令あり。

当春四境出張以来有功之者共頭々手元に於いて其事実綿密に吟味可有書出候
子弟御雇勤にて戦死之者共跡目之義功之次第に寄吟味可有書出候
以来之義は賞罰方面々々出張之陣将へ御委任被成候旨被仰出候
〔諸月番申渡書〕

八月七日左の令あり。

諸役所御知行高御備向御改定に付家柄金禄に不拘専ら其任御登庸被成候知行卑之者も御役料不被下其儘被召仕候筈
勲功を以て被下候は格別其余之御役料被相削候筈
御役儀に付被下之分功作を以て被下候分共に月割渡


御役高

一 八百万 家老

一 五百石 若年寄

一 二百五十石 奉行

一 四百石 士中隊中隊頭 砲兵隊

一 四百石 猪苗代城代

一 二百石 用人

一 三百五十石 寄合組隊中隊頭

一 百五十石 大目付

一 拾両三人 奥番

一 九両三人 膳番

一 八両三人 平番(小姓なり)

一 三百石 足軽隊中隊頭

一 百八十石 士中隊小隊頭 奏者番

一 百五十石 使番

一 百五十石 寄合組隊小隊頭

一 百三十石 町奉行 御蔵入郡奉行

一 百石 公事奉行 普請奉行

一 二十石 目付

一 二十二石四人 士中隊半隊頭

一 十二石三人 納戸

一 十五石四人 供番

一 十九石四人 足軽隊小隊頭

一 十五石四人 寄合組隊半隊頭

一 十石三人 士中隊 猪苗代士

一 十人扶持 側医師

一 十石二人 足軽隊半隊頭

一 十二石三人 徒組頭

一 十石三人 徒目付

一 十石二人 徒


右の外は、これまでの定給に被居置候事〔諸月番申渡書〕






卷七 会津の形勢  会津辰戦史2
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テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2013/03/29(金) 11:44:50|
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