いがぐり史料館

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田中神保両藩相の自尽

田中神保両藩相の自尽

 藩相神保内蔵助は六日町口に陣し、敗兵を励して奮戦したるも衆寡敵せずして敗る、内蔵助は五ノ丁土屋一庵が邸に入り田中大海と邂逅し、恢復の難きを慨して共に自尽す、六日町口破れ西兵すなわち五ノ丁に入り、三宅邸の角より甲賀町口を守る我が兵の背後を襲う、我が兵進退維れ谷まり、山内遊翁、田中小三郎は牧原邸に入り、わずかに身を以て免る、黒河内式部(一説に六日町口に至り戦没すと云う)、原新五右衛門、三宅彌七郎これに死し、井上丘隅は自邸に入りて家族と共に自尽す、柳田自休年七十三なるが、郭門の防守に加わり、雪のごとき長髪を乱し、槍を揮い西兵を門外に防ぎ、ついに斃れる、丸山彌次右衛門は年六十三、馬場口に出て槍を揮って敵一人を倒し、その身もまた斃れる、人以て年老い精神凝結の致す所と為す(戦後彌次右衛門長男友吉その槍を得たり、秋月胤永これに銘していわく『一条千秋、気貫斗牛、其勇凛々、彦章遺流』浅羽忠之助筆記)、この日は退隠の老人も尽く出でゝ外郭を守る、これにおいて白髪禿□槍を揮って死する者多し〔続国史略後篇、浅羽忠之助筆記〕。

 我が公城に帰る、喜徳公出て太鼓門に迎ふ、西軍の爆弾連なりに破裂し土壘上の老樹を碎く、これにおいて二公黒金門に移る、時に藩の精兵は大抵出でゝ四境に在り、城中には吏員と老幼婦女とを留むるに過ぎず。

 今朝前藩相北原釆女、簗瀬三左衛門、高橋外記、山崎小助等城に入り二公に謁す、この日三左衛門は黒地に金泥を以て八幡大神の四大字を書したる陣羽織を着し陣刀、副刀、および短刀を佩びたり、釆女、外記、小助は三ノ丸の防備を監督す、三左衛門は初め太鼓門に在りしが後裏門を守る、裏門は小田山に面したる処に在りて、榴弾の爆裂最も烈しく、死する者陸続絶えずといえども、三左衛門は、この日以来日々胡床により泰然として平生に異ならざりき〔内田藤八筆記、落合経三郎談〕。

 玄武足軽隊は北追手を守り、三ノ丸埋門は老兵十余人近臣十余人これを守るのみなりしが敗兵の城に入る者次第に加わりしを以てこれを埋門の守備に充つ、南門もまた老兵七八人これを守るに過ぎざりしが、幾ばくもなくして鈴木廷次郎、山田伴助等十数人来り加わる、藩士の後れて□た城に入らざりし者、創痍を療して湯本に在りし者、および越後より来りて我が藩士邸に宿営したる水戸兵二百余人は埋門に入り三ノ丸の東北隅を守る、我が公水戸兵の将高田彦助をしてその兵二十余人を分ち西出丸を守らしむ、城兵は敵兵の挙ぢ上らんことを恐れ城壁に據りて防戦す、西兵田中大海邸、三宅仲三郎邸に潜匿して射撃すること雨のごとし、辰の刻頃西兵火を三宅邸に縦つ稲煙盛んに揚る、辰の下刻頃西軍甲賀町通上田邸前と大町通堀邸の転角とに大砲を装置して城の北追手を攻撃す、砲弾城北の樓櫓に当り、火薬大音響を発して爆裂し、柱壁を破碎し満城震撼す、その傍に鐘樓ありて溝に臨む、報時の兵この震天道地の際に在りても、鐘を撞き時を報ずるを誤らざりしかば、西兵もまたこれを感嘆せりと云う〔七年史〕、この日西兵は藩士の邸中に侵入して残飯を貪り食い、園内の果実を盗み喫す、鳥魚を掠奪し、あるいは鄙猥なる俚歌を高吟して市中を横行せり〔若松記〕。

 諸士の黒金門に来り藩相梶原平馬に就いて建議する者、あるいは士女の進撃を請う者陸続相続ぐ、山浦鐡四郎馬に鞭ち城中を馳せ廻り各方面の形勢を報じて連絡を図る、会々飯田大次郎は入城し黒金門に来り二公に謁す、我が公命じていわく、汝能く防戦の策を講じ、且つ城内避難の老幼婦女の配置を為せよと、携ふる所の白纓采配の一片を切り取りて大次郎に賜う、大次郎感泣きしてこれを拝戴して任に就けり〔内田藤八筆記〕。

 西郷頼母は冬坂に在り、城下火の起こるを望み馳せて城に入り、巳の刻頃二公に黒金門に謁し、謹みて安全を賀し、且つ白うしけるは、今日の事は実に恐懼の至りに堪えずと、鳴咽してまた言う能はず、退きて平静に復し涙を拭い衆に向かっていわく、余はすでに事ここに至るべきを察せり、頽勢を維持して今日に至りしは幸なり、この危急存亡の秋に当り、余等固より微力を尽さゞるべからず、諸子また奮励努力せよと、この時建議する者すこぶる多し、頼母平生と異なり虚心坦懐を以て人言を容れ、全力を傾注して指揮宜しきを得たり、衆心大に安んず〔内田藤八筆記〕。






卷八 会津城下の戦 其一 自八月十九日 至八月二十四日
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  1. 2013/04/03(水) 10:41:08|
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