いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

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守城の部署を定む

守城の部署を定む

 これにおいて城中兵士充満したるを以て更に部署を定む、陣将原田対馬は大鼓門にありて北追手を指揮し、北門には樋口源治、幼少隊々頭阿部井登、同高津八郎あり、棟門には学校奉行中根彌次右衛門、別楯備組隊頭安藤文助、西北隅には奇正隊々頭田中左内、東北隅には朱雀二番足軽隊中隊頭間瀬岩五郎等各々兵を率いてこれを守る、黒河内傳八軍事奉行たり、海老名郡治は西出丸を指揮し、西追手より西には樋口勘治、有賀英衛兵を率い砲一門を備ふ、西北隅には水戸士高田彦助二十余人を率い、讃岐門には長坂平太夫新募の砲兵奇勝隊を率いて守る、本丸の軍事局には軍事奉行小森一貫齋、副役井深守之進、鈴木丹下、野口九郎太夫、春日郡吾、秋月悌次郎等あり、裏門には簗瀬三左衛門、廊下橋には西郷勇左衛門、二ノ丸南門には生駒五兵衛ありて守備を督す、三ノ丸南門には田中源之進隊、南門左右の壘上には正奇隊、同東南の壘上には朱雀一番士中隊あり、八幡社より南隅に至るまで砲兵隊および歩兵二大隊あり、同社以北埋門に至るまで水戸兵あり、埋門より二ノ丸の東方に至るまで青龍一番足軽隊新練隊、飯田大次郎隊あり、豊岡より延壽寺に至るまで白虎士中隊、朱雀四番寄合組隊、別選組隊、および旧幕の歩兵第二大隊、水戸兵これに属す、本丸馬場近傍の土壘は幼少隊組頭中野埋八郎隊兵を率いてこれを守る、佐川官兵衛、山崎小助これを指揮す〔若松記、七年史〕、午の刻頃会義隊命を受けて敵軍を視察す、軍事奉行並小池帯刀これを率い、北追手を出て櫻ヶ馬場に至る、会々西兵天寧寺町口、三日町口の土壘に據って猛射す、我が兵これに応戦し傷を負う者三人なり、薄暮兵を三ノ丸に収む〔若松記〕。





卷八 会津城下の戦 其二 自八月二十五日 至八月二十九日

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テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2013/04/06(土) 09:53:28|
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