いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

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蟻無の宮の戦

蟻無の宮の戦

 九月八日青龍三番士中隊、二番遊撃隊、井上哲作、渡部英次郎隊および長岡藩山本帯刀隊は先に柳津、桧原村等より高田村に退陣せしが、城南の糧道断絶の風説を聞き、飯寺に屯集せる敵軍を一掃し以て糧道を開かんと欲し、前夜高田を発し、大川の上流を徒渉し早朝一ノ堰村に至る、時に佐川官兵衛諸隊を率いてここに来り酒を酌んで訣飲す、木本隊は後援を佐川陣将に乞いたるも佐川は南進を決行する為これに応ぜず、これにおいて青龍隊、長岡兵は暁霧に乗じて蟻無の宮に至り発砲す、西軍、中津、今治の兵応戦すといえども、たちまち敗走す、青龍隊進んで胸壁を略取し、長岡兵は堤に就きて横撃し、敵勢ほとんど崩れんとせしが、宇都宮、舘林、薩州諸藩の兵来り援け戦う、青龍隊小隊頭杉浦佐伯負傷し、兵士の死傷すこぶる多くついに衆寡敵せず一ノ堰に退却す、この日遊撃隊、結義隊は青龍隊を援けて戦い遊撃隊頭相澤平右衛門負傷し、結義隊頭渡部英次郎これに死す、遊撃隊は城に入り、結義隊は面川村に退陣す〔若松記、七年史、結草録〕。





卷八会津城下の戦 其三 自八月晦日 至九月二十四日



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  1. 2013/04/09(火) 11:12:04|
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