いがぐり史料館

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大内峠越の戦

大内峠越の戦

 九月朔日早朝佐賀兵を先鋒とし、宇都宮兵これに次ぎ、太田原兵後軍となり、芸州兵は倉谷の土人を嚮導として大内峠左右の山麓より進攻す、我が軍胸壁を山上に築きてこれを拒ぎ、しばしば正面より登攀せる敵兵を殺傷す、すでにして芸州兵突然我が軍の左側に現れ、短兵接戦我が陣中に迫るや、青龍三番足軽隊中隊頭野村悌之助大に怒り兵を叱咤して挺身勇戦これに死す、一軍これに励まされて力戦ついに芸州兵を退く、この時西軍正面および右側より進み再び我が陣中を襲う、我が将小山田傳四郎、横山傳蔵等兵を指揮してこれに当る、しかも敵衆ようやく加わり我が軍支えずして退かんとす、時に砲兵隊の部将笹沼金吾踏みとどまり路傍の草中に潜み、敵兵過ぐるを待ち刀を揮って躍り出て、数人を斬り伏せ、その身また数創を負うて死す、我が軍は山下に退き栃澤および関山の要所に壘を築きて守る、この日我が将長の戦死者左のごとし。

青龍三番足軽隊中隊頭 野村悌之助
幌役 橋爪辰之助
工兵隊隊頭 渡部貞之助
朱雀四番足軽隊半隊頭 松田圓次
青龍三番足軽隊小隊頭 三橋文内
砲兵隊 笹沼金吾〔維新録、大沼郡誌〕


 この日我が軍の一部西方村を退くに当り、遊撃隊士小櫃輿三郎単身村の薪棚を負うて奮闘し敵数人を斬る、敵の一人槍を以て棚の隙より輿三郎を刺してこれを斃す、土民今に伝えてその勇を称すと云う〔大沼郡誌〕。

 九月二日芸州兵先鋒と為り、太田原兵中軍と為り、宇都宮後軍と為りて進み来る、我が軍栃澤の檢により、壘壁を築きて防ぎたるも支えず、退きて関山に據守す、この日三斗小屋より進みたる黒羽、舘林、薩州等の兵氷玉峠に来り、西軍に合し威勢大に振い大挙して来り攻む、我が軍力戦して夜に至る、西軍苦戦暗夜に乗じ氷玉峠に退陣す〔維新録、大沼郡誌〕。

 




卷九 南方の戦
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テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2013/04/15(月) 10:16:37|
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