いがぐり史料館

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家名再輿

家名再輿

 尋いで松平家家名再輿の命を保科侯に伝ふ。

松平容保儀先般城地被召上父子永預被仰付置候処深き叡慮を以て今度家名被立下候間血脈之者相選可出候事
 己巳九月 太政官〔松平家譜〕


 九月二十九日、土方中辨より口頭を以て保科家へ松平家相続人には容保実子ある由なれば之を以て願い出づべき旨達せらる〔松平家譜〕。

十月八日、慶三郎君の実名を命じて容大と曰ふ〔松平家譜〕。

 同十七日旧藩相梶原平馬、山川大蔵旧家臣一同に代わり家名相続の願書を保科家に致す、左のごとし。

 容保実子
  松平慶三郎
   当歳
松平容保儀先般城地被召上父子永預被仰付置候処深き叡慮を以て今度家名御立被下置候に付血脈之者相選○奉願候様被仰出難有奉畏候依之容保実子慶三郎当歳にて幼弱には御座候得共此者へ家名被仰付被下置候様私共一同奉懇願候此段宜敷御達被下度奉願候以上
 明治二己巳年十月
元松平容保家来
 総代
  山川大蔵
  梶原平馬
 飯野藩御重役御中〔松平家譜〕
 

 十一月四日容大公に家名相続を命ぜられ、華族に列し、陸奥国において三万石の封を賜う〔松平家譜〕。

 十二月三日照姫松平家に引き渡しの命あり、尋いで飯野藩に徒さる〔松平家譜〕。

同七日、我が公和歌山藩に遷さる〔松平家譜〕。

十二月十四日、我が藩邸として外櫻田挟山藩知事上け邸を賜う〔松平家譜〕。

明治三庚午年正月五日家臣を辨官役所に召され命を受くること左のごとし。

 松平慶三郎
元容保家来重立候者除き外四千六百七十余人並に箱館に於いて降伏之分二十九人共御預謹慎慎被免其方へ御渡に相成候間兵部省より請取可申事
 庚午正月 太政官
  松平慶三郎


北海道後志国之内
 太櫓郡 瀬棚郡 歌棄村
膽振国之内
 山輿郡
右其方支配に被仰付候事
 庚午正月 太政官
 松平慶三郎
今般元容保家来其方へ被引渡北海道にて四郡支配被仰付候に付ては格別之御詮議を以て当三月後現米二万石明未年壹万石被下候事〔松平家譜〕


四月斗南藩と称す〔松平家譜〕。

 五月十五日容大公従五位に敍斗南藩知事に任ぜらる〔松平家譜〕。






卷十 戦後の処置
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