いがぐり史料館

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斗南移住者の辛酸

斗南移住者の辛酸

 新封斗南の地たる旧南部領の一部にして、冬春の候積雪ほとんど半歳に亘り、土地は荒藩士全部を移住せしむる能はず、あるいは一時会津に留まる者あり(ニ百十戸)、あるいは農商に帰する者あり(五百戸)、あるいは東京または各地に赴き生活を求むる者あり(三百余戸)、この外すでに北海道に移住せる者あり(約二百)、これを以て斗南に移住せる者は二千八百余戸に過ぎずして、新封地延長数十里の間に点々散在す、しかしてその受くる所の米は一家平均四人扶持(一箇年玄米七石二斗)にして口を湖にするに足らず、徃々飢餓に瀕する者あるに至れり。
 斗南に藩政を布くに及び、山川浩(大蔵)は選抜せられて権大参事と為りて藩公を補佐し、広澤安任、永岡久茂を推薦して権少参事と為し、その地諸藩吏を任じて庶政に当らしめ、藩士を督励して懇田牧畜または商工業を営ましめ、百事やや諸に就き以て廃藩置県に至れり〔諸記録山川浩伝〕。

明治四辛未年三月二十五日太政官より左の命あり。

 斗南藩知事 松平容大
松平容保は和歌山藩同喜徳は久留米藩へ永預之処今般更に其方へ御預被仰付候間両藩より受取可申候事
 三月十五日 太政官


十月手代木直右衛門、秋月悌次郎、青森県に徒さる。

 




卷十 戦後の処置
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  1. 2013/04/21(日) 11:13:29|
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