いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

三十  中川宮に賜わった御宸翰     『京都守護職始末1』

 聖上奸謀を看破     この月、左のような宸翰を中川宮に賜わった。思うに、さきにわが公、慶喜卿らが、宮の御身の上を危ぶみ奉って上奏するところがあったので、いよいよ御信任あらせられたのである。

一 別紙、愚腹の例の打明けを申し入れ候。そもそも昨日御面会のみぎり、よほど申したく候えども、またまた列坐の儀、十分にも申し出で難く候間、ようやく半口ばかり耳元に寄り申し入れ、可否の儀御分りなしと存じながら、御別れに及び候。
さて申し入れ候儀は、昨日もちょっと前関白も発言ありし一件にて、かねて予、尹宮(中川宮)へ申し入れたしと存じ候事に候。先ず昨日承け候ところにては、尹宮事、なにか奸謀これあり候儀の一件、じつはこの方に於ても、なにか耳に入り候事も候えども、強いて申し出ださざるは、有体(ありてい)じつに頓着せず。すなわち右様の儀も種々申しふらし候は、すなわち長州を根本として、右長州に付属の輩が申し出で、人気を迷わせ、ついには予の腹もくつがえす手段と存じ候。
これが予、暴人ども、八月十八日の一条を俗にひくりかえし、咎の輩の再生の手段、右手廻し、足廻し候策略に候間、さ候えば予に於ての讎策故、一説頓着なく、強(し)いて発言までもこれなく打ち捨て候。もっともまた、さほどまでに巨細の儀承らず候事。北野の張り紙と申すことは、耳には入り候えども、いまだ写しも手に入らず候間、なんとも分らず候えども、なにぶん尹宮(いんのみや)、肥後守(松平容保)らが手を組み、なにか石清水において誰と申す僧をかたらい、咒詛これあり候由、また、尹宮が予の位を取りうばい候由之儀、風説に承り候えども、例の風説、すなわち戊午の年もこれありし儀、そのときすらにおいては、一脱頓着せざるわけにて、別して当説をや、去る八月十八日の一条はまったく予の憂患を払い候は、会津の周旋とは申しながら、とんと元は、その宮の御周旋の事に候。
十八日前に、毎々、かれこれ候間、とかくその宮となにごとも申さざるよう各々承りおき候ところ、密々ながら、予より文通候て、ほぼ御分りの事はじめて存ぜられ候事もこれあり候事に候。これも段々次第に当節に至り候も、まったくその方の御尽力、予と手を組み、万々申し入れ候て、当時に於てはむずかしきとは申しながら、十八日前とくらべ候ては、抜群のちがい、また腹心ながら前関白へもかくし、尹宮へ申し入れ候儀も毎々に候事に存じ候。
さ候えば、前文の次第は、姦人の申しふらし候とて、共に予なつむようなるわけこれなき儀は、賢明の方にて御分りこれあるべく候。疑い起り候わば、事起り候てきっと差縺(さしもつれ)の基に候。
右様の儀は、予に於ては前文の儀にて、頓着の有無今さら申すまでもなく候えども、もし尹宮とかようの風説あるが上には、御採用あるか、よもやあるまいながら、申し様により、十のうち一つ二つにてもどうしようしらむとおぼしめすかなと尹宮に於て存ぜられ候ては、かえってあちらこちらの疑に相成り、さよう存ぜられ候と、これまでどうでもなしに聞入れられ候事、申し条にもおかしく自然存ぜられ候ようがもの、さよう候えば、其に貌色(かおいろ)を見受け候えば、たとえ詞(ことば)に出さずともじきに相分り候もの故、これまで御心安くけんくわもいたし候処をひかえめにいたす、さ候えばまた、その宮にもおかしく存ぜられると申すもの。さようなり候えば、いらざることのでき候。右の次第になり候えば、やはり姦人の策の成就と申すものにて、心外この上なく候。
尹宮に於ても、予の腹は十分御見ぬき、予に於ても尹宮の心底はみぬき候つもり、真実の連枝(れんし)と存じ候に、さようの姦策がまにあい候ては、じつに大変故、決して決して疑心これなく、相変らず付合いこれありたく候事。
右、かように申すも、尹宮の様子に疑い、右様にも存ぜられず存えども、前関白の申し条、並びに北野の張り紙見させられざるの所置、歎かわしく候。憚りながら一天の主たる身はいかなる体に外れ候とも、人はよかれと存じ候に、過日来二度程、前関白の詞のうちにじつに予一身に迫り、心痛の事も候□□□□て右の次第にも候やと存じ候。
なにぶんその方に於ては、決して従来の朋友の御疑い、毫もあるまじく存じ候えば、打明け申し入れ候辺(へん)、よろしく聞き取り、頼み入り候。じつにかようの事と、姦策の所置か、もくろみに事に逢うようになり候えば、□者儀の候や、猶また扶助を頼み入り候事。

一 三郎へ過日ひそかにつかわし候返書、昨二日前関白より至来候。右は、過日承り候辺も候。疑心発し候にはこれなく候えども、右返書尤も三郎腹臣のままに候や、万々一、前関白文言の世話これあるや、内々たずね申し入れ候。この儀においても、その宮御一人に申し入れたき儀も候事。

一 昨夜返し下され候過日御わたし申し候予の拙書は、いよいよ御周旋下され候や、内々尋ね候事。

一 正親町の息(公薫朝臣、中山忠能卿の二男)の一件は、昨日ちょっと申し候えども、強いても申さず候。右は御一人に篤と申し入れたき儀も候間、なにとぞ休日の日、御面倒ながら、期に臨んで御出で頼み入りたく、先ず申し試み候事。

一 脱走の七人差扣(さしひか)えの輩の一条も同様の事。

一 正親町の儀に於ては、過日も申し入れ候通り、予の外戚に候えば、少々愛憐もつき候わん。然りといえども、息に於ては、深く予の存意に候。右辺(へん)は、いかがわしき申し条ながら、摂関家又は華族等に於ては申しにくく候。聞取りの辺もいかがかと、その実の事にこれなく候。尹宮に於ては、その辺、毛頭肥後守辺に別して打明け申し入れたき儀も候間、猶御推聞頼み入りたく候間。
今明日は休日に候。その余いつなりとも、御一人御入来、密談いたしたく、申し入れ試み候也。
 十二月三日


 右の宸翰を拝読すれば、激徒の離間の奸謀も聖上の明鑒によって看破され、あわれ水泡に帰したばかりでなく、中川宮の御信任がいっそう加わることになったのは、笑止である。また、「会津の周旋とは申しながら」また「肥後守辺に別して打明け申し入れたき」などと詔(みことの)らせ賜うたことは、わが公にとっても、この上ない光栄と言うべきである。


 〔上巻おわり〕
スポンサーサイト

テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2012/11/07(水) 13:55:40|
  2. 京都守護職始末1
  3. | トラックバック:0

トラックバック

トラックバック URL
http://igagurisiryoukan.blog.fc2.com/tb.php/33-5a73c20a
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。