いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

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三  わが公に賜うた深秘の宸翰     『京都守護職始末2』

 御製にはあらず     二月八日の夜に入って、伝奏衆野宮定功卿がわが公の館に来て、「容保つねに和歌を好むとの由、天聴に達し、特に御製数首を拝見させよう」と、一封の書を渡して帰った。
 わが公は驚き、且つ喜び、謹んで勅緘をひらいてみると、何ぞはからん、御製ではなく深秘の宸翰であった。

ごく密々に書状を遣わし候。そもそも昨年来、滞京、万々の精忠、ふかく感悦の至りに候。じつに容易ならざる時勢につけても、その方が忠勤、ふかく悦服候については、ふかく頼むの存念も存じよらざる儀ながら、別してごく密々にしたため、披見に入れ、ふかく依頼し候。
まことに容易ならざる時節柄につき、従来、ふかく独り苦心の儀に候。この儀の一分(いちぶん)、ふかく苦心には候えども、とても申し出でても存分に貫徹はこれなきこと、鏡に向いて見るごとくに候えば、衆評には掛けず候。なにぶん廻策にはくては、とても出来ず候。前文のごとく、その方誠忠に候えば、密事たりとも、朕が望みの儀を貫徹致しくれ候わんやと相察し、その上なにぶん多くの人を承知せしむる儀、兵権なくてはとふかく存じ込み候えば、その方へ依頼候。
兼ねて朕へ万事内密の儀、服心になりくれ候えば、爾来(じらい)の所もふかく満足のことに候。よって別紙にしたため候儀、ふかく推察し、一つ周旋これありたく候事。なにぶん密話の儀むつかしく候えども、密々に面会もなりがたく候えば、筆談し候。よって、急速に互いに会得(えとく)も出来がたきや故、度々往返致したく候。ふかく聞き込み、詰(つま)り成功候わば、この上なき満足に候事、ここに申し候。
別紙にも認め候通り、この儀漏脱し候ては、実に望みを失い候間、堂上参豫の中たりとも洩らすことなく、十分勘考し、策略附し出来の上、朕も申し聞け指図候までは秘めおきもらいたく、なお度々の往返申し合わせたき事。
なおよろしく、ふかく依頼候事。くれぐれも存じ寄らざる儀とは存じ候わんが、ひとえに密談候也。
書通往返廻計は、なるたけ因循せずに致したく候。
 文久四年甲子二月
  松平肥後守え
   極密々、他聞を禁ず


 別紙にしたたむ

天下の形勢容易ならず、万事痛心これに過ぎず候。そもそも嘉永六年以来より、ほとんど安政頃に至るまで、いよいよ、ますます、ふかき苦心を加うるの件々、筆紙に尽し難く候。  
つらつら考うるに、じつもって愚鈍の朕が位にあるは、天神地祇、祖宗に対し奉り恐慄のことに候えば、及ぶだけは尽力の所存に候ところ、追々精忠の輩が精勤、ふかく感悦せしめ候。
なお、追々と評議に及び候儀は、表向は申し出候。すでに去る二十一日(大樹、一橋)、二十七日諸藩へ、朕が書状をもって申し渡し候儀、なお厚く心得べく候事。
さて、ここに申し聞けるは、深厚に他聞を極秘にて、依頼候儀につき、よろしく聞き取り、相違なきの周旋をふかく頼み入り候。じつに打ち明け申し候ところは、元来その方こと、今日に至るまでの誠忠の段、心骨に徹し、感悦斜めならず候。すでに昨年、暴論のために守護職をも止め【注一】、東下または帰国にも相成り申すべく候ところ、じつに誠忠疑いなき段、ふかく察し、惜念止みがたく、なにとぞ存役、滞京の段を断然申し出ずる所存のところ、なにぶん暴論、朕の所存を矯め、我意の振舞いのみ行ない、当職も失権し、両役も誣(し)いられ候て、朕へ勤仕は名ばかりにて、かえって暴人へ諂(へつら)うのみ。
とても朕が所意貫徹せず候あいだ、内密に尹宮前関白等をもって、極秘の書状つかわし候ほど、よく聞きとりくれ、万々の手続き調(ととの)い、只今に至り、守護職が誠忠ふかく慮(こころ)を安じ、喜悦の至りに候。去る八月十八日の奮発は、朕においてはなかんずく心を悦ばせ、即ち国事、随って朝廷の幸、重畳の悦び、これに過ぎず候。
かくの如くの忠厚、思慮宏遠、もって国家の枢機を任ずるに足る人とふかく愛臣の事に候。これによって、ここに極秘にて他聞を秘し、依頼の事これあり候が、なにとぞ極密の計略をもって朕の心底を貫徹致しくれ候事成るまじきや。
この儀ふかく呑み込み、周旋、成功の時は朕の憂憤を散霽し、じつにもって感悦候。しかし事を包み、ただ依頼とばかりにては、可否の答も出来難きとは存じ候えども、ふかき存意これあり、関白以下へも一言も申さず、じきにその方へ依頼候も一了簡これあり候間、まず契約致し候間、領掌の可否、答書もらいたく候。
右御承知にこれある時は、深密の書状遣わすべく候。その時は開見にて、意外のことに存じ候わんやながら、じつにふかく存じ込み候儀故、とくと文意を会得にて、不審議の周旋頼み入り候。但し、この儀評議のようなることにては、とても正就せず候。同輩相語らい、突掛け候奮発の計略、望むところに候事。
          
一度の書通にてはとても弁解し難くと存じ候えば、目立たず幾返なりとも尋ねくれ候よう存分したため、見させ候間、くれぐれも成功頼み入り候也。  
まずはこの段、極秘に依頼候。少しも漏洩これなきよう、開見の上、とくと呑み込みこれありたく候也。いずれ周旋の場においては、関白、尹宮、三条前大納言、野宮宰相中将、阿部宰相中将、久世前宰相、広橋右衛門督、右をまずとんと引き寄せ候ようと存じ候。然し、首尾行き届く計略出来の上、至すべく、それまでは、仲人野宮へも秘め置き候様と存じ候。ここにまた存慮も候えども、なお勘考の上、他藩へ申すよう、まずはその方だけにて勘考これありたく候也。くれぐれも追っての通書を開見の上の心得方、とくと頼み置き候也。
 文久四甲子年春二月


 わが公の答表     わが公は粛(つつし)んでこれを反覆拝読し、叡旨の隆渥なるに感泣、恐悚し、恭(うやうや)しく答表を草し、定功卿に就いてこれを奉った。

臣伏して下垂し、賜わるところの宸翰二通をいただき、襟を正し、端坐し、反覆拝誦、聖明が天日の照臨に驚欣、感泣きわまりなく、筆紙言上尽し難く候。
恭(うやうや)しく惟(おもんみ)るに、天下の形勢じつに聖諭のごとく、往年以来、容易ならざる事共年月を逐(お)うて重なり、昨年来、殊に天下の騒擾を醸しなすの勢いに赴き、恐れながら聖心を悩まし奉り、随って臣東下などの事件、危懼、戦慄仕り候ところ、じつに聖明叡決のありがたきを仰ぎ、ふたたび清明の今日に逢い候は、生霊なんらの大幸と申すべきや。
然れども、天下の大事はなお未だ決せず、ふかく聖心を悩まされ、去月二十一日、大樹および一橋へ御垂諭あそばされ候件々、大樹はじめ遵奉仕り候はもとより論なきことに候えば、臣一藩の力をつくし候こと勿論の儀に御座候。いやしくも聖心御安くあそばされざる儀これあり候ては、臣等寸時も打置き難く候。然れども、事あるいは難に以て易く、あるいは是に以てじつは非、あるいは成るに似て、かえって成らざるの類、種々これあり候えば、御深思の程いかがあらせられ候や。速やかに御垂諭願い上げ候。
従って臣愚誠をつくし、微力を出し、聖心貫徹仕り、皇祚の安全、武運の長久に赴き候よう周旋仕り候は、もとより臣が職分に御座候。況(ま)してや、聖心の深秘、関白以下へも未だ御沙汰もあらせられざる儀、臣かえって御依頼を蒙り、聖徳山海にも比しがたく、恐懼至極と存じ奉り候。万々一も他聞、漏洩等の儀は、天神地祇に誓い、断じて御座なく候間、はばかりながら聖慮を安く思し召しあそばされ候よう願い上げ奉り候。
 恐惶恐惶、頓首頓首。
  二月  臣容保上


 



 五万石加増     十日、将軍家からわが公を召され、親しく左の恩命があった。

一昨年上京以来、鎮撫方格別に行き届き、去秋動揺の節も、励精尽力、当今の都合にも至り候段満足せしめ候。依って、五万石増遣(ましつか)わす。いよいよもって精励致すべく候。
 
 わが公はこれを過当として、書を呈して辞退した。

不肖の拙者、存じもよらず重く御褒詞を蒙り候上、過当の御加増下し置かれ、先光後慶、身にあまり、御厚恩のほど、まことにもって重畳、有難き仕合わせと存じ奉り候。しかるところ、方今の御都合に至り候も、畢竟は恐れながら今上、御聖明にいらせられ、神祖以来、深仁、厚徳、人心に浸潤いたし、したがって諸藩尊奉の力にこれあり候儀、かく過分の御厚恩いただき候は、まことにもって恐懼至極と存じ奉り候。兼ねて疲弊仕り候儀に御座候えば、奉職中当て行う一時の御手当は、願い奉り候儀もあるべく御座候えども、御加禄の儀は御免成し下され候よう仕りたく、この段御執り成し下されたく願い上げ奉り候。以上。

 幕府はこれを許そうとせず、懇諭再三に及んだので、命を拝した。

        



 【注】

【一 …守護職をも止め】 一巻一六〇頁を見よ。

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  1. 2012/11/10(土) 09:54:29|
  2. 京都守護職始末2
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