いがぐり史料館

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六  専使を馳せて城邑留鎮の重臣を戒飭する     『京都守護職始末2』

 一統の一和を懇望     右のように、わが公は朝廷の眷遇、幕府の寄命、双方ともいたって渥(あつ)く、そのうえ軍事総裁職、征長副将などの重役を蒙ったので、よくよく自省し、内は藩の治征を整え、時勢にあわせて適切改革し、ますます文武を奨励して実力をかため、外は一藩の精力をあげて職務に尽瘁し、軍国の防備を充実し、万一のときに報じようと決意し、この月(一月)十八日、親書を使に託し、会津の城邑に留鎮している重臣たちを戒めた。

態(わざ)と伊右衛門秀次を差し下し候。自分儀、存じよらざるこのたび重畳の有難き御沙汰を蒙り(軍事総裁職をいう)、先光(さきのほまれ)、後慶(のちのよろこび)、申すまでもこれなく候えども、不材、無能の身、じつに汗顔の至りに候。必竟、土津公以来の精忠、実義の遺風に随って、その方ども始め一統、一和、一刀に相成り、せいぜい輔翼致しくれ候ゆえ、大過失もこれなく、今日までの都合には相成り候えども、この度蒙り候御沙汰の趣は、容易ならざる件々、中にも軍事総裁を内々御含みもこれあり候ことにて、長州藩の昨年来の不法を御諭解のうえ、従服致さず候わば征伐をも仰せつけられ、その節は出馬をも致し候事に相成るべく候。
右は天下の興廃にあずかり候ことにて、一藩の微力の及ぶところにこれなきことはもちろん、旧来疲弊のうえ、またまた新たに大役を引き受け候ては、国内、ここもとと共に困窮に相迫り、末はいかがなりゆくや、苦心千万に候。よって、ただちに御受けも申し上げず、家老どもはじめ、それぞれ見込みをも相尋ね候ところ、苦心のほどいずれも同様に候。
しかりといえども、朝廷よりは厚く叡慮を蒙り、幕府よりも頻々の重命を蒙り、かつ余の儀と違い、武事において辞退申し上げ候も不都合にこれあり、つらつら天下の形勢を考え、一藩の私を去り、徳川の後家長久の道を謀り候ところ、外ならず思し召しもこれあり候家柄に候えば、このうえはいかが成りゆき候とも、一藩死力をつくし候ほかこれなき筋に一決致し、御請け申し上げ候。その間、百回の議論、紙上にては尽し難く候。就いても、二百里外より、またまた出張、彼我とも案じあい候事は顕然の儀に候。
ここもとの儀は、不肖ながら自分を以て先だち処置仕るべく候。国元の儀はその方ども始め一統、心を合わせ、この方をして案事しめざるよう頼み入り候。かねて申し聞かせおき候通り、土津公の御遺訓を本として、旧来の家風を守り、士道を研き、文武の修行を励み、非常の節倹を行ない、百姓を撫育し、商賈を憐れみ、一藩こぞって協和鎮静候よう専一に候。
自分出馬致し候と聞かば、別して深案も致すべく、一藩の人気にも相ひびき、なかには馳せ登り候のことも計り難く候えども、その国を守るも、ここに供を致し候も、分数を大切と致したきことにて、万一、国内に虚隙生じ候ては決して相成らず候間、各々頭々(ひとりひとり)に油断く、よくよくふかく心得べく候。
昔土津公の御上京も、暫時の御逗留ながら、国内はふかく御安事、それぞれ御処置もこれあり候儀に候。況(いわ)んや、不肖の自身、久しく離れ候うえ、なお遠く隔り、別して案じ候うちに、万一その他のことにつき係念致し候ようのことこれあり候ては、大事に臨み、精神を専らにせず、官武に対し奉り恐懼至極に候間、前段の趣厚く相心得、ふかく自分の心を汲みとり、江戸、蝦夷地(蝦夷地に領地がある)へも貫通致し候よう頼み入り候。
なお、委細は伊右衛門秀次より直に聞き取り、形勢を相察すべく候。はたまた、去月中、有難き宸翰を将軍家へ下し賜わり、拝見仰せつけられ候、右写しを差し遣わし候間、一同拝見致すべし。
当時、天下の形勢一変いたし候時に当り、及ばずながら拙者忝(かたじけな)くも朝命、台命を蒙り候についても、一国中これまでの制度のみに拘泥致し居り候ようにては、犇(ひし)と相すまず候間、繰り言ながら、文武両道においてはあくまで研究いたし、当時急務たるところの大砲、巨艦等をはじめ、別して蝦夷地もこれあり候て、よき折柄につき、海軍の用意まで整え備え、我が国をして宇内の強国たらしめんことも、自分の職掌に候間、自国をもって先立って執行これなく候わんでは相成らず、右についても非常の節倹をいたし、無用の費を省き、実意に相守り候儀、専要に候条、面々余が心肝を察し、勉励致しくれ候よう頼み入り候。よって一書を差し遣わし候也。
 二月十八日 容保
 家老中


なお、この書状、江戸表、蝦夷地までも、士分以上の者は、追々もれなく見せ遣わされ候よう。それ以下へは、頭々より細々と口達、演説致すべく候。もっとも国内地下(じげ)までも、本文の趣意、取捨して申し聞かせ候よう。(本文の伊右衛門は、遠山伊右衛門のことである。)

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  1. 2012/11/12(月) 18:05:38|
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