いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

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八  わが公ふたたび京都守護職を命ぜられ、辞表を呈する     『京都守護職始末2』

 病甚だ重し     遂に四月七日、幕府は松平慶永朝臣の京都守護職を罷(や)め、ふたたびわが公に代わらせた。しかし、わが公の病は甚だ重く、食物が咽喉を通らないことが旬余日もつづき、衰弱が甚だしく、主治の医員も手を空しくこまぬいて、術の施しようがなかった。藩臣らはみな茫然として、明日はどうなるかと憂慮するのみであった。
 それで、天朝と幕府の寵命は感銘にたえないけれども、真に如何ともすることもできないので、左の書面を呈上して、この命を辞退した。

拙者儀、今般京都守護職を仰せつけられ、前々のごとく精を入れて相勤め候よう仰せつけられ、不肖の拙者、かくまでの御眷顧成し下され、御厚恩の段、筆端尽し難く存じ奉り候。ぜひとも勉励、一際尽力、御奉公して万分の一にても酬い奉りたく存じ奉り候ところ、先日も申し上げ奉り候通り、病軽からず、今もって平臥まかりあり、急速に全快の様態も相見えず、この節、一日も職も曠(むなし)うまかりあり候ては、片時も安からず、恐懼至極に存じ奉り候間、止むをえざる次第篤く御憐察の上、御許容成し下されたく願い奉り候。





 重臣らの悃請     同時に、重臣らもまた、左の書を上(たてまつ)って、このことを悃請した。

肥後守儀、今般軍事総裁職御免下され、京都守護職を仰せつけられ、前々のごとく格別精を入れて相勤むべき旨仰せつけられ、不肖の身分、再度まで重き職掌を蒙り、まことにもって鴻恩身にあまり、有難き仕合わせに存じ奉り候。なんとか相及び候だけ精力をつくし、奉務仕りたき志願に御座候えども、病気未だに相勝(すぐ)れず、種々療養を相尽し候ところ、とかくはかばかしからず、平臥まかりあり候につき、すでに先職辞退をも願い奉り候都合に御座候ところ、そのもと、はからずも当職を仰せつけられ、はなはだ恐縮仕り、前後をも顧みず、即座に辞職願い申し上げ候ところ、御落手成し下されず、当惑至極に存じ奉り候。
しかるところ、天下の重大の御処置どもこれあり候この節、日々参内、登城の上、精力を尽し候ても行き届き候見込みこれなきの場合、重病平臥の身をもって大任相勤め候こと相成らざるは勿論にて、たとえ家来ども、力を合わせて周旋仕らせ候とも、行き届き候見込みこれなく、なにぶん相安んぜずして病床にも朝暮苦心仕り、別して肥立ち甲斐なく、志とげざるは心外の至りに御座候えども、止むをえず願い奉り候儀に御座候。
自余の時節にて御座候わば、緩々(ゆるゆる)と療養差し加え、及ばずながら粉骨砕身して精励仕るべき儀に御座候えども、この節柄、等閑(なおざり)に奉職まかりあり候ては、かえって公辺御為筋に相成らず、深く深く恐れ入り奉り、寸刻も相安んぜざる儀に御座候間、なにとぞ右の段厚く御汲量成し下され、肥後守の願書を御落手あって、願意相達し候よう成し下されたく、私共に於ても、深く深く願い奉り候。以上。






 辞職許されず     越えて十四日、幕府から命があって、このことをゆるさない。その文面は左の通りであった。

先達て中より病気にてまかりあり、全快に手間取り申すべき容体につき、御役御免を願い候趣、もっともの筋に候えども、一昨年以来、公武の御為、粉骨砕身、格別の尽力の段、一方ならざる功業にて、深く御依頼あそばせれ候ところ、この節退職し、功業半途に廃絶の儀は御残念に思し召され候間、願いの趣及ばれがたき御沙汰にて、いささかの心配なく、いつまでも心永にとくと養生を相加え、気分快癒まかりなり候わば出勤いたし、相変らず励精奉公して、公武の間の御都合よろしきよう周旋いたし、皇国の御為、厚く心がけ、これまでの事成功に至り候よう心得べき旨、仰せ出だされ候間、その意を得らるべく候事。

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テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2012/11/14(水) 11:26:35|
  2. 京都守護職始末2
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