いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

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二十八  政権奉還の上表     『京都守護職始末2』

 政権部門に移りて二百余年     薩摩藩士小松帯刀、土佐藩士後藤象二郎らは留まって、将軍家に謁し、今日の英断で大綱はすでに定まったから、速やかに上奏あらんことを勧進した。将軍家はこれを採納し、翌十四日、松平定敬朝臣から、左の上表を奉った。

臣慶喜、謹んで皇国の沿革を考え候に、昔王綱紐を解きて相家権を執り、保平の乱により、政権部門に移りてより、臣が祖宗に至り、さらに寵眷を蒙り二百余年、子孫その職を奉ずといえども、政刑当を失うこと少なからず、今日の形勢に至り候も、畢竟、薄徳の致すところ、慚懼に堪えず候。いわんや、当今外国の交際日に盛んなるより、いよいよ政権一途に出で申さず候わでは、綱紀立ちがたく候間、従来の旧習を改め、政権を朝廷へ帰し奉り、広く天下の広義をつくし、聖断を仰ぎ、同心協力、ともに皇国を保護仕り候わば、必らずや海外万国と並び立つべく、臣慶喜、国家につくすところこれに過ぎずと存じ奉り候。なお、見込みの儀もこれあり候わば、申し聞けるべく旨、諸侯へ相達し置き候。この断、謹んで奏聞仕り候。以上。

 この日、帯刀、象二郎らは二条殿下に謁し、将軍家よりの上表を速やかに允裁あるべきを勧め、また二条城に登城して、老中に謁して、上奏がただちに勅裁ありそうな情勢であることを告げ、なお、、細目などは、不日建議すべき旨を陳べて退いた。
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テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2012/11/19(月) 16:00:40|
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