いがぐり史料館

大きな声にかき消されてしまった本当の歴史、真実への探究にご利用ください。主に幕末史に関する史料を掲載していきたいとおもってます。

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討幕の密勅

討幕の密勅

 同十四日大納言正親町三条実愛卿は薩州の小松帯刀、西郷吉之助、大久保一蔵及び長州の廣澤兵助をその自邸に召して、大将軍徳川慶喜を誅すべきの密勅および錦の御旗を授くと云う。

  左近衛権中将 源久光
 左近衛権少将 源茂久
詔源慶喜籍累世之威恃闔族之強妄賊害忠良数棄絶王命遂矯先帝詔而不懼擠萬民於溝壑而不顧罪悪所至神州将傾覆焉朕今為民之父母是賊而不討何以上謝先帝之霊下報萬民之深讐哉是朕深憂憤所在諒闇而不顧者萬不得已也汝宜体朕之心殄殺戮賊臣慶喜以速奏回天之偉勲而措生霊干山嶽之安此朕の願無敢或懈
 慶応三年十月十三日
  正二位 藤原忠能
  正二位 藤原実愛
  権中納言 藤原経之


 この密勅は具視朝臣が玉松操をして起草せしめたるなり、操は初め具視朝臣の知遇に感じ種々献所ありしが、のち具視朝臣のなす所初志と異なる所あるを知り、姦雄のために誤られたりと憤慨しこれと断てり、従来幕府に失政ありしは論なしといえども、臣道において不忠無道の行為ありしにあらず、治術において惨虐非道の処置ありしにあらず、国際上においてそそぎ難き恥辱を招きたるにもあらず、然るに今兵を挙げてこれを討滅せんとするは果たして何の理由あるか、孝明天皇は攘夷の志あらせられしも、徳川氏を疎外する志あらせられざりしは明白なりに、斯る勅書の出でしは遺憾千万なり。
 同時に我が公および松平定敬朝臣を誅すべきの御沙汰書をも下されしと云う。

   会津宰相
  桑名中将
右二人久滞在輦下助幕府之暴其罪不軽候依之速加誅戮旨被仰下候事
 十月十四日   忠能
           実愛
           経之
  薩摩中将殿
  同 少将殿


長藩へ賜りし幕府誅伐の密勅、並びに我が公および定敬朝臣誅伐の御沙汰書は全く同文なり、睢密勅の初行を参議大江慶親、左近衛権少将大江廣封に作れり、また御沙汰書の宛名を長門宰相殿、同少将殿作れり。
 嗚呼我が公は文久二年京都守護職の大任を受けて京都に上がり、爾来六年の間朝幕の間に斡旋し、幕府をして天朝尊崇せしめ、孝明天皇の叡旨により朝幕の一和を謀りしに、讒者の毒計に罹り天譴にふれ、ついにこの密勅下るに至れり、後年館林藩士岡谷繁実が、正親町三条実愛卿に討幕の詔に関し質疑したる質問録を見るに、この密勅は摂政二条斉敬公にも各親王殿下にもわずかも漏洩せざる秘密の事にて、我ら三人と岩倉具視の外知る者なかりきとあり、すでに摂政関白にも知らしめざりしことならんには、如何なる手続きをもって奏聞したりしか、その手続きありしならんにはこの書に記載あるべきに、何事の記載なきは甚だ疑うべし、故に討幕、毛利父子の赦免、討会桑の勅は、偽勅なりと疑う者あるは理由なきにあらず。
 小松帯刀、西郷吉之助、大久保一蔵、廣澤兵助、福田俠平、品川弥次郎は連署して即日命を奉ずるの書を、岩倉、中山、正親町三条、中御門諸卿に呈する。






卷一 大政奉還  会津戊辰戦史1
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テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2012/11/23(金) 16:17:19|
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