いがぐり史料館

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榎本等軍艦を率いて亡命す

榎本等軍艦を率いて亡命す

 八月十九日子の刻徳川氏の海軍副総裁榎本武揚、松平太郎、荒井郁之助等亡命し、同盟の士ニ千余人を開陽、回天、幡龍、千代田、神速、長鯨、美賀保、咸臨の八隻に分乗せしめ品川湾を出す、その咸臨、美賀保のニ艦は鹿島灘に至り颶風に遇いて沈没す、開陽艦は大砲ニ十六門を架し、汽力四百馬を兼ね、堅牢精緻本邦第一と称す、皆衆これに頼る、しかして慶喜公の恭順は喜ばず、大鳥圭介等の江戸を脱するや榎本等品川湾に在り、密かに謀を通じ機を見て相助くるを約す、奥羽越の連合聞くにおよび相議していわく、吾が輩この堅艦を率いて海上に横行し以て陸軍を援けば、天下の事は図るべしと豪語せりと云う、これに至りて左の書並びに別紙を勝安芳等に留めて去る。

寸楮拝啓愈秋凉之節各位益御壮健御鞅掌被為在候事欣然之至候陳ば我輩一同今度此地を退去致候情実別紙之通に候間御伝覧之上可相成は鎮将府へ御届可被下候尤帝閽並軍防局へは夫々手蔓を以て差出候ても達不達も難計候間更に貴所方を奉煩候儀に御座候我輩此一挙基より好み候処にあらず都て以此永々為皇国一和之基を開き度為に御座候日々之形勢言葉を以てするより事を以てするに不如と決心致候より此挙に及候も他意更に無之候天若不棄我時は目出度再開拝晤も出来可申否則命也我亦孰怨乍憚小拙相識之諸有司へ御序之節宜敷生前之一語御鴻声是祈不具

 徳川氏驚き急舸をしてこれを追はしむるもおよばず、これを朝廷に奏す、その別紙は王政維新と云うも、その実は一ニ強藩の独見私意に出てたるものなることを痛論したるものなれば、朝廷その書の辞悖慢なるを怒り、亀之助を讓む、徳川慶頼卿責を引て書を示す、朝廷すなわち榎本等に擬するに海盜をもってし、各国公使に告げてこれと接するなからしめ、令を天下に下して糧食を輿ふるを禁ず。
 九月八日詔して慶応四年を改めて明治元年となし、十月十三日天皇東京に行幸す、ニ十三日東征大総督熾仁親王東北鎮定を奏し、尋て錦旗節刀を奉還す、優詔して労を慰め金を武官に賜う差あり。






卷三 江戸近邦の形勢  会津戊辰戦史1
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テーマ:歴史関係書籍覚書 - ジャンル:本・雑誌

  1. 2012/12/17(月) 14:46:40|
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